ますます深刻な少子高齢化。私達はどう生きるべきか

母の告白!終戦直後、無事戦争から戻った男性が次々と結婚!

昭和20年(1945年)8月に太平洋戦争が終わって、すっかり焼け野原になった日本はまさしく貧乏のどん底でした。住む家も食べるものもなく、それでも何とか家族や近所の人達と力合わせて生きて行くことに力を注いでいました。

そして終戦から半年~1年後徴兵制度で、戦争に送りだされた若者が次から次へと故郷に戻ってきました。勿論無事に戻ってきた若者の家族は大粒の涙を流して、お互い戦争を乗り越えて生き伸びたことを喜びあいました。

母はこの頃はまだ小学生でしたが、戦争の恐ろしさはよく覚えています。徴兵制度で若い男性(18歳~40歳対象)が多く戦争に取られて、悲しんだ家族を多く見た記憶もあります。

徴兵制度のために戦争に行った若者が戦死した数だって半端な数ではありませんでしたし、一般市民にしても爆弾の犠牲になって焼け死んだ人達は、母の話だと50万~80万人はいたとも聞かされています。

その後戦争から何もかも失った日本の復興が始まったわけですが、兵隊に駆り出されて無事戻ることの出来た若い男性たちはどんどん結婚していくようになった、ともこれも母の記憶から聞いています。

まだ戦争が終わって何年もたっていませんし、焼け野原だってまだ結構残っていた状態で、若い男性がどんどん結婚していったのは一体どんな理由があったのでしょうか?

母から聞いた話では、日本は戦争で多くの人が亡くなったので、若い男性には結婚して子供を設けて欲しいような風習がありました。1歳でも若ければ、子供も早く作れるような意味合いが込められていました。

子供を作ることによって、人口を増やすってことでしょうか?しかし貧乏のどん底でまだ仕事もないのに、結婚して子供を設けることなど当時としては酷だったのではないかという気がしました。

ですが日本には昔から「お見合い結婚」の習慣があり、親の決めた男性と女性が結婚することなど当たり前でした。ですから独身男性は親のいいつけでどんどんお見合いしては、結婚していきました。

一方の若い女性の方も、親の決めた男性と結婚すると言ったことが多かったです。10代後半からどんどん縁談の話があれば、結婚へとトントン拍子で決まっていきました。

現代では絶対あり得ないことですが、終戦直後のこの時代は親の決めた相手と結婚させられるのは日常茶飯事のことでした。

母の告白では「あの頃の女性は子供を沢山産むことを強要されてたようなものだ。」と何とも衝撃的に聞こえました。じゃあ子供を産むだけのために、相手の男性がどんな人なのかもよく知らないままで結婚させられたってことになります。

いくら戦争に負けたからと言って、結婚を急がせるなんてそれは余りにも納得出来ないですね。ですが結婚相手を決めていたのは、祖父母世代ってことになります。

結婚適齢期を逃さないために、戦争から無事戻って来れた若い男性はいかにお見合い結婚を急がされたとも取れます。

そして女性の方は1歳でも若いうちに沢山子供を産む役割を果たすことになっていたんですね。全然恋愛云々と言ってる場合ではなかったとよく分かりました。