ますます深刻な少子高齢化。私達はどう生きるべきか

昭和41年丙午生まれ!どうしてこの年だけがくんと出生率落ちたの?

日本には12種類の干支が毎年巡り巡って回っていることを、皆さんはご存知ですよね?一番最初の干支がねずみで、最後はいのししですが、これだけなら何とも微笑ましい感じはします。

ですが私が印象に残っているのは、実に悪い縁起を担いだ干支だったために出生率が一時的にがくんと落ちた年があることを母から聞かされたことがあるのです。日本人は昔からよく縁起を気にする所がありますからね。

それは昭和41年(1966年)、この年の干支は馬だったのですが、実はこの年の馬は非常に縁起が悪いと言われた年でもありました。ちなみに私自身は昭和41年生まれではありません。

母から聞いた話によれば、「丙午」は大昔から火に大いに関係があり、この年に生まれた子供は将来不幸になる、結婚した女性は気性の激しい人となって、夫をダメにしてしまうから産まない方が無難だとか言ってましたが…!!

子供を産むのに、そんなに当時は「丙午」は非常に縁起が悪いということで敬遠されてたんですね。

じゃあ実際に丙午で生まれた私のいとこや友人たちはどうかといいますと?全然気性の激しい女性などいませんし、結婚して夫をダメにしたりしたなんてこともありません。

只昔のそういった縁起の悪い言い伝えって何処までも残るといいますか、鵜呑みにしてしまう日本人って本当に多いんですね!縁談でも「丙午は嫁として受け入れたくない」と拘る女性が多かったのも確かに言えることです。

ですから世間からそんなことを言われたくないことから、丙午だった昭和41年は出生率が25%も落ちたんです。悪い縁起を担ぐことで、その年は子供を産まないなんて何だか当時としては、あまりにも理由が単純すぎたとしか思えません。

だいたい丙午で生まれた子供全員が不幸になるなんて、一体何処から出た話なのでしょう?これはある書物がもたらしたことです。井原西鶴原作の「好色五人女」の中に登場する「八百屋お七」が丙午生まれで、好きな人に逢いたい一心から、放火したのが理由だとも言われています。

「八百屋お七」は小説の中では悪女扱いで、その為に丙午生まれの女性は気性が激しく、夫をダメにする何も根拠のない迷信が飛び交ったわけです。

これでは「そんなの本の読みすぎ!」となってしまいますよね。とかく悪い縁起に振り回されやすいのが日本人の特徴でもあり、根強く残っていたとは本当に困ったものです。

昭和41年という年は丙午の実に縁起の悪い理由から、子供を産みたくない女性が多く、それで避けていたがために、出生率が一時的にがくんと落ちた原因を作ってしまったのです。

それが将来の縁談にまで影響を受けるなんて、余りにも縁起を担ぎすぎましたね。まあ、私自身も2人の子持ちですので、当時の人達の気持ちも分からなくはないですけどね。丙午は60年に1度回ってくるということですが、昭和41年の前回の丙午は調べてみたところ、明治39年(1906年)でした。やはりこの年も出生率はがくんと下がっていました。

今度丙午が来るのは、2026年です。さすがに現代は縁起を担ぐなんてことは少ないですが、その理由から出生率を下げるなんてことはもうしないことですね。